テーマ：横光利一『蠅』と『機械』研究

#8212;#8212;機械文明時代における倫理選択

横光利一は川端康成と共に新感覚派として大正から昭和にかけて活躍した。『日輪』と『蠅』で鮮烈なデビューを果たし、『機械』は日本のモダニズム文学の頂点とも絶賛され、また形式主義文学論争を展開し、『純粋小説論』を発表するなど評論活動も行い、長編『旅愁』では西洋と東洋の文明の対立テーマとし、多彩な創作で多い成果を遂げたため、1935年前後には#65378;文学の神様#65379;と呼ばれ、志賀直哉とともに#65378;小説の神様#65379;とも称された。代表作には『日輪』（1923年）、『頭ならびに腹』（1924年）、『機械』（1930年）、『上海』（1931年）、『純粋小説論』（1935年）、『旅愁』（1937―1946年）などがある。

横光利一とその作品についての研究が少なくないようである。杣谷英紀#65378;横光利一『蠅』の隠喩#65379;（『日本文藝研究』第48巻第4号，1997）、日置俊次#65378;横光利一における昭和五年#65379;（『青山語文』第36号，2006）、江後寛士#65378;横光利一『機械』試論――心理ゲーム性について#65379;（『近代文学試論』第3号，1967）、田口律男#65378;横光利一『機械』論――ある都市流入者の末路#65379;（『近代文学試論』第24号，1986）などが挙げられる。これらの研究には横光利一及び横光利一文学作品や創作手法や創作特色など研究を行っていた。

『蠅』と『機械』は小説であるが、ある意味で機械文明時代における横光利

一の倫理選択を反映する作品であるとも言える。本研究は先行研究を踏ま

え、両作品に反映する当時における倫理選択について研究していきたい。

『蠅』という作品について、杣谷英紀（1997）は、『蠅』を新感覚派文芸の先駆である点を重視して、新感覚派的表現の着想#12539;作品構造#12539;表現理論などの側面から考察した。また、発想の原点であると思われる『カインの末裔』との比較からはじめ、冒頭部及び結末部の作品全体における隠喩としての意義を論じた。鄭旭盛（1993）は作品『蠅』は#65378;傷ついていない外面即ち、作品内で何の特定の意味をも与えられていない外面を次々と構成し、その構成された外面だけの構図によって、象徴される意味を生産しようとした意図を作品『蠅』を通じてみることができよう#65379;と述べている。

『機械』について、江後寛士（1967）は、昭和五年には機械文明の極度な発達によって、#65378;人間の自主性#65379;が喪失せしめられ、#65378;人間の個々の人格は認められない#65379;という不幸な状況の中で、人間は真剣に生きようとすればするほど、空しいゲーム的な人間関係に陥る状況がすでに始まっている#65379;と論じている。田口律男（1986）は＜私＞なる人物は、＜街＞（都市）への流入者であり、主体的な価値基準#12539;行動原理を初めから所有しない存在として出現し、地縁#12539;血縁関係から切断された、＜中心＞のない相対的関係性の磁場で、不安な、そして虚妄な生を決定づけられた存在のありようでもあり、横光文学が、その新感覚文学運動の中で掘り当てた、最もポジティブな問題意識の塊であったと指摘した。

先行研究の考察から見ると、『蠅』と『機械』をそれぞれ別にして研究されることや、またそれぞれ横光利一の作品と一緒に研究されることが多いが、この両作品を一緒に研究されることがあまり多くないようである。本研究は両作品のテキスト、内容の比喩や象徴などを分析し、当時日本社会の現状を考察しながら、両作品にあらわれる倫理選択を研究していきたい。